尖閣1945

2026年、沖縄県先行ロードショー  全国ロードショー


監督:五十嵐匠(『島守の塔』(22)、『地雷を踏んだらサヨウナラ』(99))
原作:門田隆将 (「尖閣1945」(産経新聞出版))
プロデューサー:菊池淳夫(『剱岳 点の記』(09)、『妻と飛んだ特攻兵』(15))
主演:富田健太郎
配給・宣伝:彩プロ 

イントロダクション

太平洋戦争、沖縄陥落から1週間後。米軍の上陸を恐れた石垣島の人々は、2隻の船で台湾への疎開を開始する。しかし、海上で米軍機に攻撃され1隻は沈没。もう1隻もエンジンを損傷し、かつて日本人が暮らしていた真水がある尖閣諸島に辿り着くが、船は流され上陸した人々は飢えと病に次々と倒れていく。このまま島で全員死を待つしかないのか?

史実「尖閣列島戦時遭難事件」を元に極限状態の中での勇気と優しさ、日本人の誇りを描いた門田隆将氏のノンフィクションを映画化。尖閣や大洋の自然が国や人種に関わりなく人類の命を慈しむ存在であることを描く。監督は『島守の塔』(21年)で沖縄戦の最中に行方不明となった県知事と警察部長の真実を描き数々の映画賞を受賞した五十嵐匠。3話構成で進む本作は第1話「金城嘉吉の手記」第2話「花城ヨシの祈り」第3話「伊良皆高辰の帰還」として、地に足を着いた定評ある演技者たちが物語を引き締める。主役は金城嘉吉役に2011年にモデルとしてデビュー以来、映画『iai』(24年)で主演を果たし、今回映画主演2作目となる富田健太郎。

戦後80年を経て、改めて戦争の非情さを描きながらも人間が持つ根源の力を引き出す奇跡の映画が誕生する。

ストーリー

太平洋戦争末期。米軍が上陸した地上戦を経て、沖縄では第32軍総司令官牛島満大将が自決。日本の敗北が決定的となった。しかし八重山諸島ではその後も散発的にアメリカ軍の攻撃が続き、避難命令や疎開命令が出されていた。

石垣島では台湾への疎開のため、戦時徴用船として2隻の船が使われることになった。潜水艦等が危険な与那国島からのコースを避け、尖閣諸島近くを迂回して台湾へ向かったのだ。1945年7月3日午後、米軍機による攻撃を受け、1隻は炎上・沈没。もう1隻は機関故障で漂流。疎開者の貴重な命が失われ、多くの人々が海に投げ出された。

   生き残った疎開者たちは、生きるための「真水がある」魚釣島を目指した。幸いにも人々は魚釣島に辿り着いたが、食糧がすぐに底をつき、飢餓が襲う。やがて人々は、石垣島へ助けを求めるためにサバニ(小舟)をつくることを決意する。飢餓の中で、次第に形になっていくサバニ。そしてサバニは完成し、8人の若者が荒ぶる海に立ち向かっていく。

 サバニは偵察中の米軍機を何度もかわす。そのたびにサバニをひっくり返し、難を逃れるのだ。そして、ついに決死隊は石垣島に辿り着いた。その時には、すでに日本は「終戦」を迎えていた。

   決死隊の若者の報せにより、魚釣島に救援船が向かった。奇跡的な救出劇は、こうして終わった。だが、救出された 疎開者たちの強さとやさしさを示す感動のドラマは戦後も続いた。

スタッフ

主催/中山義隆 石垣市長
〈コメント〉
太平洋戦争末期、石垣島から台湾に向かっていた疎開船が米軍の攻撃を受け、多くの犠牲者が発生した「尖閣列島戦時遭難事件」の史実、そして、人々を救ったのが真水をたたえた日本の領土であったことを多くの方々に知っていただくことを目的に、門田隆将氏の著作『尖閣1945』を原作とした映画を製作しています。

 「尖閣列島戦時遭難事件」とは、太平洋戦争末期の1945年7月、多くの女性や子ども達を乗せ石垣島から台湾へ向かっていた2隻の疎開船、第一千早丸と第五千早丸が米軍機の攻撃を受け、第五千早丸は沈没、第一千早丸もエンジンの損傷により、尖閣諸島の魚釣島に漂着した史実であります。魚釣島などには、明治時代から最盛期248人が住んでいた「古賀村」があり、鰹節工場などで営々とした日本人の生活がありました。そのため、真水があったことから、しばらくの間は人々は生き長らえることができましたが、1940年に鰹節工場は既に閉鎖されており、無人島となっていたため食料がなかったことから、餓死者が出る事態となってしまいました。そこで、生き残った人々は、木造船を作り、8人が決死隊を結成して石垣島に助けを求めたことにより救助された悲劇であります。

 魚釣島には、今も日本人の遺骨が多数埋まっています。生と死をめぐる感動ドラマが沢山存在します。 現在、全世界から注視されている尖閣諸島を舞台としたノンフィクション作品を映画化することには、大変大きな意義があるものと考えています。この映画を製作することで一人でも多くの方に尖閣諸島で起きた史実を知っていただき、また、日本中の皆さまが石垣市の行政区域である尖閣諸島の現状を考えるきっかけとなることを切に願っています。
原作/門田隆将
〈コメント〉
2023年11月に刊行した『尖閣1945』は反響を呼び、お蔭さまでベストセラーになりました。「尖閣戦時遭難事件」を描いたこのノンフィクション作品は、なぜ尖閣が日本の領土なのか、そして歴史的に日本人がこの島にどんな思いを抱いているのか、遭難者の多くが生き残ったのはなぜなのか、という初めてお伝えする「真実の歴史」に大いなる関心を持っていただけた結果だったと思います。この本に書いたように魚釣島には、今も日本人のご遺骨が沢山埋まっています。そんな深い歴史を持ち、日本人が熱い思いを寄せる尖閣を、1970年に国連の海洋調査の結果が明らかになって突然、中国が領有権を主張し始めました。

 私は長い間、多くの女性や子供たちを乗せて石垣島から台湾へ向かっていた2隻の疎開船が辿った史実を描きたいと思っていました。そしてやっと生き残りを訪ね、関係者の証言を集め、これを立体的に描くことができました。この本1冊でいかに尖閣が日本固有の領土であるか、そしてこの島には日本人の遺骨だけでなく、先人の魂がこもっていることを知って欲しいと思いました。本が刊行後、取材でもご協力いただいた中山義隆石垣市長から「感激しました。ぜひ映画化したい。クラウドファンディングを利用して、どうしても実現したい」とのご連絡を頂戴しました。自治体を中心に尖閣の物語を実現する? 私は感激しました。「あぁ、これほど尖閣を大切にする人が日本にはいたんだ」との思いがこみ上げたのです。「ありがとうございます。どんな協力でもさせていただきます」と私は答えていました。

 この映画化プロジェクトは、そんな思いからスタートしたものです。どうか尖閣への思い、いや、最近、情けないニュースばかりが目立つ日本に対して、「このままでいいのか」との思いを持つ方々の浄財を期待します。がんばれ、日本! 守れ、尖閣!


〈プロフィール〉
1958年高知県安芸市生まれ。本名・門脇 護(かどわき まもる)。
安芸第一小学校、土佐中学、土佐高校、中央大学法学部政治学科卒業後、新潮社に入社。週刊新潮編集部に配属され、記者、デスク、次長、副部長を経て、2008年4月に独立。
週刊新潮時代は、特集班デスクとして18年間にわたって政治、経済、歴史、司法、事件、スポーツなど、さまざまな分野で800本近い特集記事を執筆した。独立後、“毅然と生きた日本人”をテーマに、ノンフィクション作家として次々と話題作を発表。代表作に、司法の病理を抉った『裁判官が日本を滅ぼす』(新潮社)、光市母子殺害事件の9年間を描いた『なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日』(新潮社)、NHKドラマとして話題をさらったプロ野球伝説の打撃コーチの生涯を描いた『甲子園への遺言―伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯』(講談社)、陸軍中将・根本博の壮絶な生涯を描いた『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)、吉田昌郎・福島第一原発所長の単独インタビューをもとにした『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の500日』(PHP)、『大統領に告ぐ 硫黄島からルーズベルトに与ふる書』(産経新聞出版)…等がある。「尖閣1945」は、23年11月、産経新聞出版より発売。現在に至る。
監督/五十嵐匠
〈コメント〉
「戦後80年、映画化にあたって」 

   八重山諸島は日本の最南西端に位置し、海・陸・空とも豊かな自然に恵まれ、宝の島々と言われています。このような平和な海域に尖閣諸島の魚釣島があります。昭和20年終戦間際の7月から8月にかけて尖閣諸島で起こった史上まれにみる海難事件はこれまであまり知られてきませんでした。
 「尖閣戦時遭難事件」と呼ばれるその事件は、疎開のため石垣から台湾に向け出航した2隻の民間船に乗った人々がアメリカ軍機の攻撃を受け1隻は沈没、1隻は尖閣諸島魚釣島にたどり着き、人々は50日間餓死寸前になりながらも生き延びたというものでした。生き延びたその日、戦争は終わりました。戦後80年を迎える2025年-。風化しつつある戦争と戦争がもたらしたものを100年遺る映画としてこれからを生きる若者たちに届けたい。本作品はその想いをもって企画すると共に、戦争のさなか極限に追い込まれどんな逆境でも信念と矜持を失わなかった石垣に生きる人々の不屈の精神を映画化するものです。


〈プロフィール〉
1958年(昭和33年)9月16日 青森市に生まれる。弘前高校、立教大学文学部卒。大学時代、シナリオセンターに通う。岩波映画・四宮鉄男監督に師事、助監督として修業する。以後、TBS「兼高かおる世界の旅」制作のため、アラスカをはじめ、世界各国を回る。1996年、長編ドキュメンタリー映画「SAWADA」を監督。(毎日映画コンクール文化映画グランプリ・キネマ旬報文化映画グランプリ・日本映画ペンクラブ選出準グランプリ・日本映画技術賞・JSC賞)1999年、映画「地雷を踏んだらサヨウナラOne step on a mine,It’s all over.」(浅野忠信主演)完成。2000年、正月ロードショー公開。(毎日映画コンクール主演男優賞(浅野忠信・バンコク映画祭 観客賞)2001年12月、夭折した童謡詩人金子みすゞの生と死を描く劇映画「みすゞ」(田中美里主演)を監督。(毎日映画コンクール助演男優賞・日本映画プロフェッショナル大賞(寺島 進)、毎日映画コンクール技術賞(金沢正夫)文化庁優秀作品賞)2003年近代陶芸の先駆者、陶芸家板谷波山の生き様を描いた劇映画「HAZAN」(榎木孝明主演、南果歩他)を監督。(ブルガリア・ヴァルナ国際映画祭グランプリ 〃 批評家連盟賞)2005年奄美大島で死んだ孤高の日本画家田中一村の生と死を描く劇映画「アダン」(榎木孝明主演、古手川祐子他)を監督。(第18回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」公式出品 アメリカ・シラキュース国際映画祭 審査員特別賞)2006年、幕末長州藩のサムライ達五人が英国へと命を賭けて密航した青春を描く「長州ファイブ」(松田龍平主演)を監督。(2007年新春全国公開)(第19回東京国際映画祭公式出品 第40回アメリカ・ヒューストン国際映画祭 グランプリ)2009年、幕末薩摩藩で西郷隆盛の片腕で「人斬り半次郎」の異名を持つ日本初の陸軍少将桐野利秋の生と死を描く劇映画「半次郎」(榎木孝明主演、エグザイルAKIRA,白石美帆他)を監督。(2010年秋全国公開)・2014年、直木賞作家重松清原作作品劇映画「十字架」を監督。(永瀬正敏、小出恵介、富田靖子、木村文乃他)(2016年スバル座他正月全国劇場公開)2018年、映画「二宮金次郎」(合田雅吏、田中美里、柳沢慎吾、榎木孝明、田中泯)を監督。(2019年全国ホール他にて公開) 2021年、沖縄戦で行方不明になった知事と警察部長を描いた映画「島守の塔(萩原聖人、村上淳、吉岡里帆、香川京子)を脚本監督。(2022年7月銀座シネスイッチ以後、全国公開)山路ふみ子映画賞受賞(香川京子、吉岡里帆)、日本映画批評家大賞助演女優賞(吉岡里帆)、ヨコハマ映画祭主演女優賞(吉岡里帆)。  2022年、長編ドキュメンタリー映画「時代遅れの最先端―風の谷の子どもたち」」を監督、第29回平和協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞」2023年、命の恩人の保健師を描いた映画「じょっぱり」(木野花、王林、伊勢佳世)を脚本監督。

キャスト

富田健太郎(金城嘉吉役)
〈コメント〉
今回この映画『尖閣1945』のお話をいただき、まず原作を読ませていただきました。尖閣列島戦時連難事件。
の作品は、戦争そのものを描く映画ではなく、極限の中で懸命に生き、命をつないだ人々の「記憶」を描く物語です。
石垣島の海に触れていると、どこか自分の遠い記憶を優しく撫でられているような感覚になります。過酷な撮影になることは重々承知しておりますが、その時間のすべてを、石垣島の海と風の中で、彼らが生きた日々の重さと尊さを噛み締め、身体に刻みながら過ごしていきたい。この土地で生まれた日本人として、心の奥にある“風になった想い”をもう一度呼び起こし、ご覧になる皆さまの心にそっと触れられるよう、真摯に演じていきたいと思います。


〈プロフィール〉
1995 年8月2日生まれ。東京都出身。
主な出演作に、『サバイバルファミリー』(17年/矢口史靖監督)、『モダンかアナーキー』(23年/杉本大地監督)、ドラマ『前科者 -新米保護司・阿川佳代-』(21年/WOWOW)などがあり、2024年には、自身初主演となる映画「i ai」(マヒトゥーザピーポー監督)に抜擢。「石とシャーデンフロイデ」(24年/白磯大知監督)「消滅世界」(25年/川村誠監督)や「岡本万太」(真田宗仁郎監督)など、公開予定の作品を多数控える。
五十嵐監督が、本作のために有名無名関わらず数多くの俳優と直接面談し、嘉吉役に最適だと感じて決定した今最も若手俳優として注目されている。